大悲閣千光寺はおすすめ!紅葉の嵐山絶景スポット

紅葉や桜の時期に眺めのいいスポットは?

嵐山/嵯峨野界隈でいうと
二尊寺、大覚寺、大悲閣・千光寺、亀山公園

ちょっと穴場 大悲閣千光寺へ行った時の旅行記です。

おりしも紅葉の季節
渡月橋を渡って川沿いの細道を右にしばらく上がると
上りの道、そこを上ってまたしばらくあるく。
この街道がなかなか気持ちいいんですがちょっと体力がいるかな?
ところどころに休憩所がありますが腰かけたらボロっと崩れそう(笑)
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こんな道を
上まで上がるとそこが大悲閣千光寺
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古いお寺なんですが趣があります。
無料で写経したり、鐘をつかせてもらったりできるんですけど
まず見てほしいのは景色。

嵐山から市内を一望できます。
松尾芭蕉が『花の山二町のぼれば大悲閣』と詠んだ絶景。

トロッコ列車が走るのも見える。
汽笛が谷や川に響いてええ感じです。

以下 住職談 

この寺は、江戸初期の豪商、角倉(すみのくら)了以の建立したものです。
仕事で亡くなった人々をとむらうために、
嵯峨、中院にあった千光寺を中興するということで、移転しています。
保津川を開削しました。
それで、ここより、この川の安全を祈った事でしょう。
東南アジアとの交易でも亡くなった方がいます。
大きな仕事を多くしました。
その最中の念持仏、絶えず祈っていたのが、本尊の千手観音菩薩です。
いつでも どうぞ。

大悲閣というのは、山の上の観音堂ということです。
「悲しいお寺ですか?」と、おっしゃる方がいらっしゃいますが、
そうではなく、仏教の慈悲の「悲」のことです。
「全ての苦しみを抜きたい」という、やさしい心をいいます。
心が、右と左に別れて、痛く悲しく、どうにかしてやりたいと思う心です。
だれも、人間が持っている大切な、本心でございます。
このことを忘れてはなりません。いつでも どうぞ。

人間の心、命を探求するお寺です。
「人間とは何か?」「生きるとはどういうことか?」
「死とはどういうことか?」「自分とは何か?」「何をなすべきか?」
こういう青くさい問題を
忘れづ大切にしながら生きていこうではないかと提案しています。
『人生の第一義』といいます。(第二義、第三義といろいろありますが。)
さて、嵐山大悲閣千光寺は、自然の中、歴史を考えつつ心を学ぶ
『嵐山心学』をアピールしています。いつでも どうぞ。

この千光寺は今から750年ほど前、禅宗として創建されました。
鎌倉時代です。
人間は、天皇、将軍、貴族、庶民・・であっても皆「この世」
「自分自身」において苦しみます。
不安、痛み、矛盾、葛藤・・で悲しみます。
つらいことです。
この事柄を、克服、解消していこうというのが、仏教であり、
その一つの方法、観点が「禅」であります。
「この世」「自分」を捨てて「仏」になろうとすることです。

「この世」「自分自身」から、自由になろうとする気持ち、
心が、人間の尊厳ともいえます。しかし、束縛されがちです。
故に苦しみます。
世界、身体、心(精神)を離れ、捨てていくとどうなるのでしょう。
「光」がさし込んできます。
「命」そのものが輝いてきます。
この変化を、仏に近づく、仏につつまれると表現できます。
自分が慈悲ぶかくなり、仏の慈悲につつまれていきます。

はぁ~~心が穏やかになります。。
大悲閣とは悲しいお寺ではなく慈悲の悲なんですね。
これを読むとさらに行きたくなる、そんなお寺です。

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となりは猿山なので 遭遇するかもしれません。
食べ物もって歩かないよう・・

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亀山公園の展望台からもこのような景色が望めますが、公園なので絶景のみ。

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死んだようにまどろむ。。ちゃんと生きてますよ。