AX 寿寧院にお龍さんのお墓 (嵐山・天龍寺の塔頭 )




寿寧院にお龍さんのお墓 (嵐山・天龍寺の塔頭 )

坂本龍馬の奥さん お龍さんですが
この方も波瀾万丈だったようです。

先日、京都の木屋町のバーで坂本龍馬の話になり
同席したカウンターの紳士に
お龍さんのお墓の事を教えていただきました、
次の日、友達3人でその場所へ行ってみましたよ。

嵐山天龍寺の塔頭 寿寧院(じゅねいいん)

塔頭(たっちゅう)とは 禅寺の同じ敷地内に建てた小院のことです。

ここにお龍さんのお墓があることはあまり知られていません。

天龍寺の正面敷地にはいれば大きな蓮池があります。
その蓮池の向かって左側に寿寧院があり
一般公開されていないんですよね。
お願いすれば見ることができます。
お龍さんのお墓 (嵐山・天龍寺の塔頭 寿寧院)

お龍さんのお墓 (嵐山・天龍寺の塔頭 寿寧院)986ead4e

お墓はどこ~??と寿寧院のまわりをぐるぐる。
ほんまに小さい戸口の先にありました。

その奥のほうにお龍さんのお墓がありました。
坂本龍子と書いてありますね。
龍馬の妻おりょうさんと父・将作さんが眠るお墓

7お龍さんのお墓 (嵐山・d11bdc9

なぜここにお龍さんのお墓があるかはこういう事情。

坂本龍馬が京都で暗殺された後、お龍さんはしばらく
高知の龍馬の実家へ身を寄せていました。

その後、京都に戻り龍馬のお墓のそばで墓守していましたが
やがて東京に住いを移します。

龍馬の死から8年後の明治8年
横須賀で造船所を営む西村松兵衛と再婚し【西村ツル】と改名
で横須賀で66歳の生涯を閉じる。
亡くなったのは1906年(明治39)1月15日。

再婚はしましたが生涯 龍馬の事を思って暮らしたといいます。
その気持ちを察してか 再婚者の松兵衛とお龍さんの遺言に従い
お龍さんのお骨は龍馬の墓(京都東山霊山墓地)と
楢崎将作(お父さん)の墓(天龍寺の塔頭 寿寧院)に分骨した。

当時 楢崎家の墓は京都八瀬西林寺に無縁墓となっていましたが
再婚者 松兵衛さんの子孫が依頼し今の地へ移したそうです。

西村松兵衛さん!前の旦那の墓に嫁の骨を入れてあげるとは。
しかもお龍さんと出会った時、荒れてて酒浸りだったのを助けてあげたという。
なんて心の広い人!そのご子孫もちゃんと意思をついだはる。
どんな顔ですか? 写真はない。
写真はないけど、この人の伝記でもあれば読みたいものです。

こちらの本には詳しく載っている模様です。

この後、歩いてすぐの渡月橋のほとりに座り、
女3人、日が暮れるまでビール片手に談。

嵐西村松兵衛さんの心の広さに感激0b9e4c0f

小さい頃から知っている友達たち、
お墓めぐりができる歳になったんやね~としみじみする。
龍馬の話から、果ては仏教とキリスト教のルーツにまで話はおよび
楽しい嵐山散策となりました。




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